さみしい夜も貴方がいれば
私がこの時代に来てから、数ヶ月がたった。
暦の上では、今はもうすぐクリスマスになる頃だろうか。
いわゆるトリップをしてこの時代にきてしまい、すぐに第7師団に匿われた私は、がらんとした簡素な27連隊の兵舎の部屋で、元の時代にそっと思いを馳せる。
今までのクリスマスは、派手ではないけれど家族や友達とわいわい過ごしてきた。
街は浮き足立ち、どこからともなく楽しげな音楽や人の声が聞こえる、この季節が大好きだった。
それが今はどうだろう。ほとんど人が寄りつかない、この寒い部屋でひとりぼっちだ。
さみしい―。
このまま一生、元の時代に戻れなかったら―。
考えれば考えるほど、マイナスな方向に考えて、負の感情に襲われてしまう。
ドタッドタッ―
そんな感傷に浸っていた私を現実に引き戻すかのように、重さのある足音がこちらの部屋に向かってくるのが聞こえる。
この足音は……、
「ナマエ、入っても良いだろうか?」
――鯉登少尉だ。
好奇心旺盛な彼は、警戒心の強い軍人さんたちの中で、よく私に話しかけてくれる数少ない人だった。
「はい、大丈夫です。」
私がそう言うと、ゆっくりと引き戸が開かれる。
「ナマエ、元気か?今日はこいつを持ってきたぞ!」
満面の笑みの彼の足元には、火鉢のようなものが置かれている。
「これは…火鉢、ですか?」
たしか火事防止のため、火気は禁じられていたはずだったけど…。
「あぁ。この部屋は建物の端だし、冷えるだろう。女性に冷えは良くないと、母上から聞いたことがあるからな。私が許可を取ってきた。ただし、火の始末は毎回私がするぞ。」
彼はそう言うと、早速火鉢に入った炭に火をつけようとかがんで準備をし始める。
ちょうどネガティブな感情に陥っていた私は、自分のためにあれこれと世話を焼いてくれる彼の大きな背中を見て、自然と涙が出てきてしまう。
「ほら、これでじきに暖かくな――キェェエエエエ!なにごてそげん泣いちょい!?」
振り返った彼は泣いてる私を見て、動揺して薩摩弁が出てしまったようだ。
「ごめんなさっ、」
「いや、謝るのは私だろう! やっぱり月島の言うとおり、女性の部屋に入るのは良くなかったか!?」
「そんなことないです!むしろ嬉しくて。実は、」
感傷に浸っていた経緯を、彼に説明する。
「む、その、くりすます、とやらは具体的には、家族や友人と何をするのだ?」
「そうですね…私の場合は、部屋を飾りつけて、みんなで美味しいご飯やケーキという洋菓子を食べたり、お酒を飲んだり、ゲームとかしたりしてました。」
「なるほど。つまりは宴だな?…少し確認したいことがあるから、ここで待っていてはくれないか。」
「?わかりました?」
待ってくれも何も、匿われている以上、私は勝手には出かけられない。
彼は急いだ様子で部屋を出て、再度ドタバタと足音を響かせながら去っていった。
嵐みたいな人だな…。
そう思いながら、私は彼が用意してくれた火鉢にあたって、心も身体もじんわりと暖まっていくのを感じた。
――しばらくして日が暮れてきた頃合いに、またいつものように賑やかな足音が聞こえる。
「ナマエ、待たせた。私だが…、」
「はい、どうぞ。」
失礼する、と引き戸が開かれると、そこには両手にいっぱいの美味しそうなご馳走とお酒を持っている鯉登少尉と月島軍曹がいて、驚いた私はあんぐりと口を開いてしまう。
「鯉登少尉殿、上には黙っていてくださいよ。」
「勿論わかっている。ナマエ、今日は無礼講だ!たくさん食べて飲んでくれ!」
2人はどかっと胡座で私の前に座ると、せっせと料理の品々と小皿を用意し、全員分のお酒を注ぐ。
「あの、これは一体…?」
「安心しろ、メンコも大量に持ってきた!食べたら皆で遊ぼう。」
「皆といっても、ここには3人しかいないでしょう。」
月島軍曹がすかさずツッコミを入れると、たしかにそうだなっと鯉登少尉は豪快に笑う。
私なんかのために良いんでしょうか、と聞きたかったのだけど、楽しげに話す2人の姿にわざわざ聞くのも無粋だと思い、言葉を飲み込む。
何も言わない私に不信感を抱いたのか、月島軍曹が耳打ちしてくる。
「鯉登少尉殿は貴女のことを心配しておられたのですよ。嘘でも良いので、楽しそうにしてください。」
「いえ、嘘じゃなくてとても嬉しいです!でも、どうして私のために、って思って。」
そう小声で返すと、月島軍曹は言いづらそうに気まずい顔をして、自分の上官の顔を見やる。
「そ、それは…。鯉登少尉殿が貴女のこと、」
「おい、ナマエと月島!私を置いて、何ひそひそと話しているのだ!さぁ、宴をはじめよう!」
1人待たされた鯉登少尉は、ほらほらと手にお猪口を持っている。
「飲みすぎは禁物ですからね。」
月島軍曹は元の体勢になり、鯉登少尉との話に戻った。
私はお酒が注がれたお猪口を手に取りながら、月島軍曹の言いかけた言葉が気になって、もしかしたらと淡い期待を抱き、体温が上がる。
この1ヶ月後、月島軍曹の言葉の先を、鯉登少尉本人の口から聞けることになるとは、この時私は思いもしていなかった――。
END
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます