一年の感謝を込めて
師走もあっという間、そろそろ年末にもなるかという頃、箪笥と全身鏡を置いた、鯉登家の奥の部屋で新妻であるナマエは格闘していた。
(荷物が多い、多すぎる…!)
一年間、お世話になった物たちに感謝を込めて、大みそかには大掃除をする習わしがある。
実家にいた頃みたいに、大掃除は大みそかにすれば良いかなぁと思っていたけれど、冷静に考えてみると、鯉登家に嫁いでからというもの、音くんが実家から持ってきた衣服や家財の類、私のために買ってくれた装飾品などで、実家とは比べ物にならないくらいに家中がもので溢れかえっていることに気づいた。
これは大みそかだけではとてもじゃないけど、綺麗にしきれないのでは?
そう不安に思い、早めの整理整頓に着手したのは昨日からだ。
今日は音くんも非番で家にいる日だけど、家の整理整頓は妻である私の役目。
庭で剣術の鍛錬をしている音くんには声をかけることなく、一人でひときわ荷物の多い衣装箪笥のある部屋の整理をしていた。
思えば嫁いできてから、なんとなく男性の持ち物を見るのは気恥ずかしくて、まじまじと音くんのものが入っている箪笥を開けることはなかったなぁ。
そう思いながら、私は音くんの箪笥を開けてみると、中は綺麗に整えられてはいるものの、物自体が多くて何がどこに入っているかよくわからない乱雑な状態になっていた。
音くんは綺麗好きだけど、男の人らしく決して細やかな整理はしない人だ。
これって、同じもの同士はまとめた方が後々良いよね…?
あちらこちらにしまわれている彼の装飾品などを見て、とりあえず彼の持ち物の全貌を確かめようと、箪笥や衣装箱の中をあらためていったーー。
しばらくして、あらかた部屋に置いた箪笥や衣装箱の中を確認し整理した私は、ここにきて箪笥の上に置かれた衣装箱に気づく。
(もう、こんなところにまで!)
背伸びして箪笥の上から下ろそうとするが、なかなか手が届かない。
思い切ってつま先立ちをして手を伸ばすと、軽く衣装箱に触れる。それを良しと見た私は、そのまま衣装箱を掴んで降ろそうとする。
その刹那ーー、
重力を支える場所を失った衣装箱が、箪笥の上から私の真上めがけてすべり落ちてくる。
「あっ!」
私は落ちてくる衣装箱が視界に入るものの、とっさの出来事で身体が動かず、茫然と見ていることしかできない。
(無理、当たる…!)
思いっきり目をつぶり、来るであろう衝撃に身を構えた。
…が、いつになっても重たい箱の衝撃は来ない。
恐る恐る私は目を開けると、白いシャツを着た大きな背中が、自分の視界いっぱいに見えた。
「…音くん?」
「ナマエ、だいじょっか?」
目の前の背中から視線を少しずらすと、音くんが落ちてきた衣装箱を私を庇うようにして掴み、楽々と元の位置へ戻すのが見える。
音くんは鍛錬のせいか少し汗ばんだ様子で、私の方を振り向いた。
「居間にも台所にもおらんで、探しに来てみれば…。怪我したやいけんすっど。」
「もう年末が近いから、こっちの部屋の掃除してたの。ごめんね、ありがとう。」
「なにごておいを頼らんやった?言てくれれば手伝うっとに。」
「鍛錬の邪魔しちゃいけないと思って…。あと、家の掃除は妻の役目でしょ。」
「そげんこっより怪我さるっ方が困っ! そいに二人でやった方が早か。何をすりゃえか言てくれ。」
「そう言われても、」
これは私がやらなきゃいけないこと、と私は言おうとして、ふと祝言を挙げた時に音くんのお母様のユキさんから言われた言葉を思い出す。
『将校のお嫁はんは、家じゃ皇后陛下ん次に偉かとじゃ。』
(じゃっで、息子んこっ家では頼ってやりやんせ、ってユキさん笑いながら言ってたっけ…。)
私は逡巡し、私より背の高い音くんの顔を見上げて、
「じゃあ、この衣装箱下ろしてもらってもいい?」と音くんに頼んでみる。
音くんは「ああ、わかった。」と少し微笑んで言うと、軽々と先程の衣装箱を持ち上げ、「下ろすのはここで良かか?」と確認して床におろす。
衣装箱から結構な埃が落ちてきたところを見るに、箪笥の上には埃がたまっていそうだ。
なにかあれば言ってほしい、指示を待つ大型犬のように私を見つめる音くんが、あまりにも可愛くて頼もしいので、私は追加でお願いをしてみる。
「じゃあ、次は箪笥の上を雑巾で拭いてもらえるかな?」
「わかった。」
音くんはそう即答すると、「たしか雑巾は…、」と雑巾を取りに手洗い場に向かっていったーー。
ーー結局高いところや重いものをどかさなければできないところの掃除はすべて音くんに任せた私は、当初はかなり時間がかかると予想していた大掃除を一日で終わらせた。
掃除が終わったあと、居間で晩ご飯を一緒に食べながら、私は今日の大掃除を思い出して自然と笑みが出てしまう。
「ふふっ。」
「良かったな、早めに掃除が終わって。」
「ううん、それもそうなんだけど———。」
「?」
『神棚も下ろして拭いてもらえる?』
『わかった。何で拭いたや良かろ?乾いた雑巾か。』
『音くん、それが終わったら梁の上もはたいてくれると嬉しいな。』
『おう、任せ。』
大掃除中は、まるで自分が指揮官になったかのようだった。
音くんはさすが軍人さんだけあって、返事は良いしお願いしたことをすぐ実行してくれようとする。
でも掃除に不慣れな彼は、たまに首を傾げ、(どうすれば良いんだろうか?)と、まるで遊んでいたボールを見失って困ってしまったわんちゃんのような顔を時折見せた。
普段、軍では指揮をとっている彼が、私の指示で右往左往とする姿がとても可愛らしかった、なんて、立派な将校さんである彼には言えるわけない。
「やっぱり、なんでもない。」
「なんじゃ? まぁ、楽しそうならそいで良かどん、」
憂鬱な大掃除も貴方がいれば、こんなに楽しいなんて。
来年もまた貴方と一緒にいられますように。
END
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