そして、決戦当日——。
音之進は(いったい、どうしてこんなことに…。)と思いながら、1人杉元から連絡のあった貸会議室を目の前にして立っていた。
本当はオフィスから一緒に行こうと月島とナマエも誘ったのだが、2人からは『先に行って準備することがあるので!』と断られて、結局ギリギリまで仕事をしたのち、1人でやってきたのだ。
ドアをノックして、「入るぞ」と一声かけると、音之進はカチャリ、とドアノブを回して入室する。
貸し会議室は30人くらいが入りそうな、この人数では十分な広さだった。
「よぉ、鯉登。みんなお前のことをお待ちかねだぜ?。」
入口付近に座っている杉元が、入室してきた音之進に声をかける。
会議室の中は、既にプレゼンしやすい形に机と椅子が整えられていて、奥の方に緊張した面持ちの3人が座っている。
(な、なんなんだ。この異様な緊張感は!)
音之進は困惑しながら、どこに座るべきか思案していると、「鯉登は、ほら、一番前の真ん中に座って!」と笑顔で杉元が言う。
(なんで、お前が一番元気なんだ…?)
「…わかった。」
ツッコミを入れたいが、あまりの異様な雰囲気に、音之進はただ杉元の言う通り、真ん中に座ることしかできない。
音之進が席に着くと、杉元は咳払いしたのちに、高らかに開会を宣言する。
「えー皆さんお集まりいただきありがとうございます。第1回コイトオトノシン争奪戦、開会をここに宣言します!司会は俺が務めるね。審査員はもちろん、鯉登!鯉登から一言ある?」
「?いや、だから誕生日は…、」
「はい!特にないということで、この貸し会議室の時間もあるから早速一人ずつ発表お願いします!順番は事前に3人にくじ引きで決めてもらって、鯉登の兄さん、軍曹、ナマエの順番でやることになってるから!じゃあまずは鯉登の兄さん、準備してもらってもいいですか?」
「おう。」
そう杉元に返事をすると、平之丞は何やら大きな紙を脇に抱えて前に歩いてくる。
ホワイトボードの前に置いてあるデスクに、その大きな紙を置くと、音之進と向い合せに立って、杉元に尋ねた。
「そいでは杉元くん、もう始めてん良かか?」
「はい、それではエントリーナンバー1番、鯉登の兄さん!お願いします!」
「今日は音とん思い出を遡っために、紙芝居を用意してきたじゃ。」
そういうと先程デスクに置いた大きな画用紙を、音之進に見せるように手に持つ。
そこには、赤ん坊の音之進が笑顔の父、母、兄に囲まれているハートフルな絵が手描きで描いてあった。
「この絵は音が生まれた日の絵じゃ。そんたもう、おやっどんとおっかんはもちろん、自分もほんのこてうれしかったがよ。」
平之丞は当時を思い出すように、うれしそうな笑顔を浮かべて話す。
月(さすが鯉登さんのお兄様、絵が上手いな。)
ナマエ(え、既に泣きそう…!絵かわいい!)
音之進の方の表情は2人からは見えないが、月島もナマエも((さすがお兄様(さん)!))とライバルとして驚異を感じる。
その間にも平之丞は次々と紙芝居をめくっていく。
「こんた音が1歳んときん誕生日、おっかんが気合入れて音にクマどんの着ぐるみを用意したんじゃ。ほんのこて可愛かったなぁ…。次が2歳んときん誕生日だ。初めて4人で別府ん方に家族旅行したんじゃ。じゃっどん、なんでかこんときん音は機嫌がわっくてな。むくれちょるんも、可愛かったじゃ。そいで次は…、」
平之丞が次のページにめくろうとしたところで、たまらず月島が質問する。
「あの…お兄様、少しよろしいでしょうか?」
「なんじゃ、月島くん。」
「これはもしや…、今年の鯉登さんの誕生日までの紙芝居を毎年分作られたのでしょうか?」
「もちろん、そうじゃ。」
当たり前、といった顔の平之丞に、思わず月島とナマエは心の中でつっこみをいれる。
月、ナマエ((二十枚以上も作ってるの(か)!愛が重い…!!))
「おい、杉元。発表に制限時間はないのか?」
トップバッターである平之丞が最後のページまで終えるのに相当時間がかかりそうな予感がして、不安に思った月島は杉元に確認する。
「ごめん、あんまりそこらへん詳しく考えてなかった!一応、この会議室は1時間半とってるけど。」
「それなら、まぁ、大丈夫か…。」
月島はもう少し巻いてほしい、と平之丞に言おうか迷ったが、(鯉登さんはお兄様の発表、ちゃんと聞きたいかもしれない。)と思い、すんでのところで言葉を吞み込んだ。
「——。最後に、今年は富士山近くのリゾートホテルをとっちょっで、一緒にダイヤモンド富士を見け行こうち思うちょい。前、音が見たい言っちょったじゃっとん。」
紙芝居は、音之進と平之丞の2人が、豪華なテラスで富士山の山頂から出てくるご来光を一緒に見ている、のほほんとした絵で終わった。
どうやら23日当日から翌日にかけて、富士山の見えるリゾートホテルを予約しているようだ。
結局、平之丞の紙芝居を終えたときには、既に開始から40分以上経過しており、月島は急いで発表準備をし始める。
平之丞がナマエの席の方まで戻ってくると、ナマエはたまらずに声をかける。
「お兄さんの紙芝居、感動しちゃいました…!今まで音くんの成長をずっと見守ってきてくれたんですね!」
「そうなんじゃ。じゃっどん、ナマエにもこん兄弟愛が伝わって良かった。」
談笑する2人を、音之進と杉元が微笑ましく見つめていると、月島が咳ばらいをした。
発表準備ができたようだ。
ホワイトボードの前に下ろされたスクリーンには、既に『鯉登さんお誕生日祝賀会実行計画書』というタイトルが書かれたパワーポイント資料の表紙を映し出されている。
「じゃあ、エントリーナンバー2、軍曹お願いします!」
杉元が声を張って言う。
「それでは、私から鯉登さんのお誕生日祝賀会実行計画について説明させていただきます。本日はよろしくお願いします。」
そう取引先へのプレゼンのごとく流暢に発表し始めた月島は、一旦音之進の方に身体を向けて一礼する。
その礼を受けた音之進はよくわからないながら軽い会釈で返すと、満足そうな顔で「まずは今日のアジェンダがこちらです。」とスライドをめくる。
おそらく個人で練習もしたであろう、堂々とした立ち振る舞いと作り込まれた資料に、2人は感心してしまう。
ナマエ(さすが月島さんだ。クライアントへのコンペ並みに、めちゃくちゃ作り込まれてる。)
平(相当な練習したんじゃろ。)
「自分はまず、ヘリコプターで鯉登さんが巡りたいと言っていた、夜景を見に行きます。なるべく鯉登さんのフライト希望に柔軟に応えられるよう、自分が操縦します。」
「月島くんが?」
「?ヘリコプターの操縦って免許必要ですよね?免許なんて月島さん持っているんですか!?」
平之丞と咲良は、月島の最後の言葉に対して、すかさずツッコミを入れる。
月島は咲良と同じ普通の会社員だ。同じ職場でいつも一緒に働いている月島が、ヘリの免許なんて持っているなんて聞いたことがない。
「あぁ。実はこのために、昨年から国内のフライトスクールに通っていた。」
月島はどうだと言わんばかりの顔で、咲良に言う。
スマホで調べたところ、10か月もあれば免許は取得できるようだ。
平(こいで準備に1年もかかっちょったんか…。)
ナマエ(月島さんも愛重すぎでしょ…。なんか、私の計画は普通すぎて、音くんが喜んでくれるのか心配になってきた。)
昨年から準備してきた、という月島の意味はわかった。
ただ、それと同時に、ナマエは前の平之丞と月島の常軌を逸したお祝い計画を聞いて、途端に自分のアイディアに自信がなくなってきて、少ししょげた顔になる。
そんなナマエの様子には誰も気づくことなく、月島の発表は進んでいった。
「そして、ヘリコプターで都内や関東近郊をフライトした後は、鯉登さんのために自分がフルコースで料理を作ります。鯉登さんはゆっくりくつろいでいてください。」
「月島くんは料理も作れるっとな?」
「この日のために、昨年から料理教室にも通っていました。自分で作った方が鯉登さんの好みにも合わせられますし、当日のスケジュールにも柔軟に対応できるので。」
平、ナマエ((愛が重い…!!))
「月島さん、いつも私よりずっと残業しているのに…。」
「そこの料理教室は22時までレッスンの枠があるから、非常に助かった。」
ナマエはそんな遅くまで営業をしている料理教室があることに驚いてしまう。
いったい、どのような人たちが22時からの料理レッスンに通っているのか…。
やっぱり、みんな努力しているのね…とナマエは感心するとともに、いっそう自分の用意してきた内容が、この場で発表するレベルのものではないように思え、このままみんなの前に立つ気がなくなってきてしまう。
さすがは日頃クライアント向けにプレゼンをこなしているだけあって、月島はそのまま自分の目安時間がちょうど終わったところで、発表を終え、机の上を簡単に片づけると席へと戻った。
最後の発表者として、月島と入れ替わりに、前へと出るナマエ。
ただ、心なしかその表情は暗く、元気がなさそうに見える。
「ナマエ?大丈夫か?」
音之進はナマエの様子にすぐに気が付くと、ナマエの元に行こうと席を立つ。
そんな音之進に、ナマエは心配させないようにと微笑む。
「ごめん、大丈夫。でも、他の2人よりも私の計画はありきたりだし、あまりにも普通すぎて…。」
ナマエは大丈夫と笑っているけれど、悲しそうな顔をしている。
そう感じた音之進はナマエのところに行くと、ナマエと目を合わせるために少しかがみ、慈愛に満ちた優しい笑顔で言った。
「全然それで良い。隣にナマエさえいてくれれば、それだけで私は充分だ。」
それから、平之丞と月島がいる部屋の奥の方に身体を向けると、音之進は提案する。
「すまない、みんな。私の飲み会のときの思慮に欠いた言葉が発端で、こんな争いをさせてしまうことになった。本当は3人とも忙しいだろうから、無理しないでほしい一心で言ったつもりだったんだ。月島、私の24日以降のスケジュールはどうなっている?」
「24日以降、ですか?鯉登さんの誕生日の翌日である24日はイブのためか、社内もクライアントも休みを取っている人が多く、会議の予定はありません。25日から週末の仕事納めに向けては、少し忙しそうですが…。」
「では、思い切って私もナマエも、もちろん月島も24日を休みにして、23日の21時から4人で過ごすというのはどうだろう?兄さぁは元々休みなんだよな。みながせっかく考えてくれた計画を無駄にしたくない。」
音之進はナマエの肩に手を回して、3人の顔を見回す。
他の3人もお互いの顔を探るように見つめるが、誰も口を開かない。
そこで音之進が口火を切って、月島と平之丞に尋ねる。
「月島、ヘリコプターは4人までなら乗れるな?」
「は、はい。」
「兄さぁ、すまんが、ホテルに月島とナマエも泊まれるか確認してもらっても良いだろうか?ナマエと私、月島と兄さぁが同室でお願いしたい。」
「確認してみる。」
おずおずとした様子で、ナマエは音之進を見上げて尋ねる。
「音くんは私と同室で良いの?」
「もちろんだ。そうじゃないと、女のナマエは1人部屋になってしまうだろう?」
たしかにそれもそうだ、と咲良は納得する。
「それに、」
「?」
「付き合って初めての誕生日、私もナマエと2人きりで過ごせることを期待していた。」
そうやって音之進はナマエの顔を覗き込み、少し照れたような笑顔を向ける。
その笑顔につられ、ナマエも笑顔になる。
「…良かった。2人で過ごしたいと思ってるの、私だけじゃなかったんだ。」
「当然だ。」
2人はふふっと笑い合うと、自然と顔を近づけ——
「あ!そういえば、もうすぐこの会議室の予約時間終わっちゃうから、みんな急いで片づけはじめて!!」
会議室の前で、今にもいちゃつきだしそうな2人を、杉元が現実に引き戻す。
「杉元!貴様、わかっててやってるな!?」
「そういうのは、2人きりの場所でやってってば。」
音之進と杉元が口論しはじめると、それを横目に見ながらナマエは帰りの支度をし、月島と平之丞に話しかける。
「お兄さん、ホテルの方は大丈夫でしたか?」
「ああ。もう一部屋取れたで、楽しみにしちょいて。」
「やった!楽しみにしてます!」
「ようやっ元気が出てきたようじゃな。じゃっどん、月島くんのヘリとコース料理ん後じゃっで、だいぶ到着は遅かどん。」
「でも、私ヘリで夜景なんて見たことないからすごく楽しみです。お料理の心配もなさそうだし。」
「あぁ、本当は4人前を作るつもりはなかったがな…。」
そう言う月島も、1年の努力が無駄にならなかったことに安堵の表情を見せる。
3人は話しながら帰る支度をすると、会議室を出るよう音之進と杉元に促し、5人みんなで仲良く帰路に就いた。
そこから時は進み、
23日当日、21時を少し回った頃、ヘリコプターにて———
「きゃあああああああああああ!!!」
「ナマエ、私に捕まってれば大丈夫だから落ち着け。」
ヘリコプターがこんなに浮遊感があるものだなんて知らなかった…!と飛び立った瞬間に後悔するナマエの手を、横に座る音之進がしっかりと掴む。
音之進と平之丞は乗り慣れているのか、揺れるヘリの中で泰然自若としている。
「月島くんのヘリコプターパイロット姿似合うちょっな。」
「ありがとうございます。すべてAmazonで揃えました。」
そこは専門店とかじゃなくてよかとじゃろうか…と苦笑いする平之丞。
「ほらっ!ナマエ、あの赤く光っているのが東京タワーだ!」
「わぁ、すごいきれい!…きゃっ、月島さん揺らさないで!!」
「近づいた方がもっと良く見えるだろう。」
「咲良さん、ヘリコプターなんて揺れてどしこん乗り物やっど。」
平之丞の言葉に、ナマエ以外の平之丞を含む3人がどっと笑う。
「あ、そうだ!音くん、誕生日おめでとう!!良い1年になりますように。」
輝く夜景の中での空中散歩は、まるで夢のような景色だ。
「あぁ、ナマエありがとう。この1年もずっと私のそばでナマエの愛らしい色んな表情を見せてくれ。」
そうヘリの中で微笑み合う2人を、前の座席からやれやれ、という表情で優しく月島と平之丞が見守る。
笑いあり、涙あり?の音之進の誕生日パーティーは今はじまったばかり———。
End
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