ようやくその日の授業が終わり、HRを終えた私はいつもどおり職員室へと戻った。
そう、そこまではいつもどおりだったはずだ。でも、職員室に足を踏み入れた瞬間、どこかいつもとは違う雰囲気を感じて、私は落ち着かない様子できょろきょろと周りを見渡す。
心なしか、女性教員はうっとりした表情で、男性教員は羨望と嫉妬の眼差しで、職員室のどこか一点を見つめている気がする。日々変わり映えのしないところが教員という職業の良いところでもあるというのに、いったい皆どうしたというんだろう。
私は他の先生方の視線の先を追うようにして見ると、そこにはこの学校の職員室には似つかわしくないほどの上質なスーツを着こなしてきらきらとしたイケメンが、なぜか私の席に座っていた。
のんきにも隣にいる前山先生が彼へあたたかいお茶を勧めている。
見慣れない光景に私が呆然と突っ立っていると、席に座っている彼の方が私に気づいて、立ち上がって会釈してくれる。
「谷垣から聞いた。困っていることがあればなんでも相談に乗るから、気兼ねなく言ってほしい」
凛々しい上がり調子の眉毛に切れ長の目が特徴的な彼の整った顔から目が離せなくなった私は、「たしかに、谷垣の言うとおり顔色が悪そうだ」などと言いながら近づいてきて私の顔を真剣な眼差しで覗き込んでくる彼の曇りのない瞳に、あやうく吸い込まれそうになる。
かっこいいなぁ…。
……って、いやいや、違うでしょ私!
そもそも、なんで部外者のはずの彼が、職員室に入ってあまつさえ私の席に座っているんだ。
しかも、谷垣先生って私よりずっと年上だよ?
今、呼び捨てしてたよね??
「えーっと…、コイトくんだっけ? どうして、ここまで入ってこられたの?」
外部の人間は普通、応接室に通されるはずだ。
「鶴見副校長が良いと言ったからだ」
彼は当然、むしろなんでそんなことを聞いてくるんだとでも言うような目で私を見つめる。
前回二つ返事で鶴見副校長の依頼に快諾していた際にも思ったが、彼は副校長に従順すぎやしないだろうか。
「副校長とは付き合いが長いの?」
「あぁ。私の父の古い友人で、昔から家族ぐるみでお世話になっている」
なるほど、だから鶴見副校長は彼みたいな強力な助っ人をコーチとしてうちの学校に招待できたのね。で、コイトくんも副校長のことをそれはそれは信頼している、と。
でも、外部の人間を軽々しく職員室に上げるのはいかがなものだろう。それこそ職権乱用というやつではないのだろうか…?
「それで、困っていることとは何だ?」
相変わらず彼は自分の座っている席が私の席だと気づかないようで、私と一緒に席の方に戻りながら無邪気にこちらに尋ねてくる。
……まぁ、色々と思うところも突っ込みたいところもあるけれど、背に腹は代えられない。
せっかく谷垣先生が呼んでくれたのだ。きっとコイトくんも忙しい中、時間を見つけて来てくれたに違いない。無駄にしないようにしなければ。
私は、彼にお茶を勧めるとすぐに帰って行った前山先生の椅子にそれとなくコイトくんを座らせ直し、空いた自分の席に座ってパソコンを開く。
コイトくんが座っている方にパソコンを近づけながら、部活動の始動にあたってよくわからない単語や手続きについて矢継ぎ早に質問していった。
コイトくんは頭の回転がすごく早いのか、私の上手くまとまっていない質問や何がわかっていないのかもわからない意味不明な質問でも、すぐに要領を得たというように答えてくれる。必要とあらば、手元の紙にさらさらっと図示してわかりやすく説明してくれるから、なおさら私は質問しやすくて、夢中になって躓いているところを聞いていった———。