「ほら、手を貸してみぃ。」
人もまばらな上級者コースのど真ん中で尻もちをついてふてくされた私の視界に、音くんが差し出してくれた手が映る。
ふと上を見上げると、目の前の音くんは、黒と紫のツートンの少しだぼっとしたウェアが良く似合っていて、相変わらずイケメンだ。
虹色に反射するゴーグルをしているから、かっこいいそのご尊顔が見えないのが残念である。
というか、ニット帽、ゴーグル、スノボウェアとほとんど肌を露出させていないのに、なぜこんなにも男前に見えるんだろう?
こんな彼に、少し上のコースまで行ってみないか、なんて誘われたら、うんいいよ、と二つ返事で行ってしまう自分の無謀さにも納得がいく。
「ほら、」と追い打ちをかけるように言われ観念した私は、渋々ブーツをボードに固定し直した。
目の前に広がる急こう配の坂を見たが最後滑る勇気はなくなってしまう気がして、私は唯一の頼みの綱である音くんの大きな足元を見ながら、自分より一回りは大きいであろう音くんの手に、自分の手を重ねる。
斜面が怖くてなかなか立ち上がれない私を、音くんはその逞しい腕で楽々と引っ張り上げた。
「きゃっ!」
ところが、立ったはいいものの、あまりにも彼が軽々と起き上がらせたものだから、私はその勢いでバランスを崩して、今度は前につんのめる。
そんな私を、さっと前に出た音くんがしっかりと抱きとめて支えてくれた。
彼はこんな斜面でボードもつけているのに、恐ろしいくらいの体幹で、なんということもないというように私のことをぎゅっと包み込む。
普段は外で私が彼に身体を密着させようものなら、彼の方が驚いてキエエエエエエ!となってしまうのだが、今は私の方が彼の大きな体格と、ウェアのその下にあるしっかり厚い筋肉を感じて、どぎまぎしてしまう。
「ナマエには上級コースはまだ早かったかもしれんな。」
そう笑う彼は、私が1人でバランスが取れるようになるまで支えたあと、コースの中でも滑りやすそうな場所へゆっくり先導しては後ろの私が、転ばずに無事についてきてるかを確認する。
今日に限っては、その大きな背中がいつもよりも頼もしく見えた。
私も彼のうしろに続いては何度も転び、そのたびに支えられながら、なんとか上級者コースを下って行った。
上級者コースを無事に下りきった私は、もうあんな無茶な真似はしない、とだいぶ慎重にコースを見定め、初級~中級者コースを繰り返し滑る。
音くんも一緒に滑ってくれたが、自分に合わせて我慢させるのも悪いと思った私は、疲れて休みたいからその間上級者コースで滑ってくれば?と勧めてみる。
じゃあ1回だけ、と言うと、彼は1人リフトに乗っていった。
その数十分後、上の方からすさまじいスピードと見事なボードさばきで、がりがりと斜面の雪を削ってはターンのたびに派手に雪をまき散らして颯爽と下ってくる彼の姿が見えてくる。
ゲレンデにいた近くの女の子たちが、下ってくる音くんのことを指さしてきゃあきゃあ言っているのも合わせて視界の端っこに映る。
滑りきった音くんは、器用にボードをつけたままブレーキを効かせて止まると、片足をボードから外しゴーグルを上にずらして、リフトの近くにいる私の方に滑りながら寄ってきた。
「みんな音くんが滑ってるの見てかっこいいって言ってたよ。おモテになりますねぇ。」
他の女の子にきゃあきゃあ言われているところを見てもやっとした私は、ちょっといじわるに嫌味な口調で言ってみる。
でも、——
「そうか? おいはコース下で待っちょっナマエんこっしか見えちょらんかったで気づかんやった。」とさらりと言う彼。
ほら、いつだって音くんはそうだ。
私のつまらない嫉妬や不安を、そもそもそんな感情を持ってることが馬鹿馬鹿しくなるくらい、すぐ吹き飛ばしてくれる。
「そげんこっより次はあっちんコース一緒に滑りけ行っど! 時間ももう少ないからな。」
そうやって満面の笑みでいう彼は、太陽のようにまぶしかった。