めぐり逢えたら今度は
年末年始が終わり、1月も後半にさしかかる頃だというのに、空港は人でごった返していた。
人混みがあまり得意でない私は、自分の飛行機が定刻どおり出発予定なことを出発ロビーのど真ん中に置かれた大きなモニターで確かめると、人気のないロビーの端っこまで機内持ち込み用のスーツケースを引いて、空いているソファーに座る。
それにしても、すごい人だ。早めに手荷物検査は済ませておいたほうが良いかもな、と1番手前に見える手荷物検査場の混雑を見ながら考えているうちにも、私の座っているソファーの席はどんどん埋まっていく。
「あの、ここ空いてますか?」
突然、以前どこかで聞いたことのあるような声が聞こえた私は、反射的に声が聞こえた方をぱっと見上げる。
そこには、短く剃られた坊主頭で、色白だからか口元の両隣のほくろがよく映えている端正な美青年が立っていた。
私はどこかで彼に会ったことがある——
直感的にそう思った。
ううん、会っているだけではない。もっと、こう、深い繋がりがあったはずだ——。
「あっ、はい。大丈夫です。」
「そう? ありがと。」
でも、なぜだか過去の記憶を思い返そうとしても、全く思い出せない。
無理に思い出そうとすると、ずきん、ずきんと頭が痛くなる。
彼はそっと静かに私の隣に腰を下ろすと、スマホをいじりだす。
どうする? 以前どこかで会いましたか、 なんて聞いてみる?
だめだ、どう考えたって新手の逆ナンである。
もどかしい気持ちと頭痛に耐えられなかった私は、一足先に搭乗ゲートに向かうため、いつの間にか満席になっていたソファーを立って、手荷物検査まで移動する。
隣に座られてからすぐに席を立つなんて嫌味っぽいかな、と心配になった私は、チラッと彼の方を振り向くが、彼は彼でスマホを見ていてそこまで気にしていないようだ。
こんなに気にしているのは、自分だけなのだろうか。
たどり着いた手荷物検査場は、見たとおりの大混雑で抜けるまでに相当な時間を要したけれど、過去を辿るのに必死な私にとっては、行列の苦痛など全く感じなかった。
こうして並んでいる間も、私は彼との思い出をなんとか頑張って掘り起こそうとする。
でも、不思議なことに彼との記憶へ手を伸ばそうとすればするほど、深い何やら得体のしれないところへと意識が引きずり込まれ、見えない壁のようなものが私が記憶を辿るのを拒む。
おそらく、それほどまでに彼との思い出は埋没してしまっているのだろう。
そんなに彼と会ったのは、昔の出来事なのだろうか——。
手荷物検査を抜けた私は、チケットに記載された搭乗ゲートへと向かう。
土曜の朝の空港らしく、すれ違う観光客の表情はみな、これからの旅路への期待に満ちている。
それを見た私も、考えすぎるのも良くない、せっかくの楽しい1人旅なのだから、と日頃の苦労を労いながらこれからはじまる楽しい旅行へと気をそらせた。
搭乗ゲート近くの椅子に座った私は、もうすっかり彼と出会ったことなど忘れ、持ってきた文庫本を読み出発を待つ。
カウンターに機内への案内中という表示が出ると、飛行機へと乗り込んだ。
飛行機は満員とのことで、荷物はすべて足元か上のキャビネットに入れるように案内される。
私は自分のスーツケースを上のキャビネットに入れようと持ち上げるが、一歩力及ばずなかなか頭の上のキャビネットへ入れられない。
どうしよう、と困ったその時、ふと持っていたはずのスーツケースが重力を丸ごと失ったかのように軽く感じ、私の頭を超えてすっとキャビネットに収納されるのが見えた。
横から伸ばされた腕を見て驚いた私は、はっとした表情で通路の方へ振り向く。
「あれ、君、さっきの。」
そこには先ほど出発ロビーのソファで隣に座っていた美青年が立っていた。
再び、なつかしい彼の顔と声を聞いた私の脳裏には、今と似ているけれど今とは確実に違う光景が写真のフィルムのように流れ始める。
そうだ。
私は過去に同じような光景を目にしている。そう、あれは昔、ずっとずっと昔。
その刹那、私は時代を超えた彼との優しくも儚い思い出を見つけた。
「——う、宇佐美さん…?」
そうだ、先ほど空港のロビーで会ったこの人と出会い、少しの間だがそれでも深い仲だったのは、明治時代まで遡る。
私は再度、自分の意識を深い得体のしれないところへと沈め、思い巡らせる。
今度は私の追憶を邪魔するものは何もなかった———。