本当に私ってば何やってんだか…。
旭川のホテルでチェックインを済ませ荷物を預けた私は、バスに乗って、かつてのアイヌ人のゆかりの地である観光名所へと向かう。
バスの車窓から見える旭川の街並みは、記憶の中の明治時代の頃とは打って変わり、アスファルトで舗装された道路に、コンビニやドラックストアなどのお店で賑わっていた。
そんな旭川の街の様子を見ながら、私は自分の臆病さにほとほと呆れていたのだった。
少しの勇気くらい出して連絡先くらい聞けばよかったのに!
いくら後悔したところで時を戻すことなんてできずにもやもやする私は、(宇佐美さんが思い出してくれないのなら、話していたってつらくなるだけ。もしかしたら、既に恋人あるいは奥さんだっていてもおかしくはないし。)そう思うことで平静を保とうとする。
目的地の最寄りのバス停で降りた私は、あまりの寒さに思わず身震いする。
冬の北海道なのでそれなりの準備をしてきたつもりだが、そこが自分の予想よりもはるかに山の中にあることは完全に見落としていた。
早く見て帰ろう、とバス停から目的地までの心ばかりの除雪された山道を急いで進むが、目的地までは歩いて20分という標識が見て、私はため息をつく。
いくら山の中といえど、観光地最寄りのバス停ならば、もう少し観光地の近くに作ってくれればよいのに…。
道中はもちろんのこと、目的地に着いても、あたりには人っ子一人見えない。
あれ、ここ、一応観光名所だよね? 冬だからかな?
『熊出没注意!』のポスターに恐れおののきながら、さくっと足早に観光を済ませた私は、乗換案内のアプリで調べたバスの到着時間に間に合うように、余裕を持って先ほど降りたバス停へと戻った。
しばらくバスを待つこと、20分。
なかなかバス来ないなぁ…。
当日の交通状況でバスが遅れることなどは日常茶飯事で慣れているが、1人旅ということもあって心配になった私は、今さらながら確認のためにバス停に掲示されている時刻表を確認する。
「う、うそ…。」
信じたくないが、時刻表に記載されている次のバスは、今から3時間後の18時半となっている。
事前に調べた乗換アプリと見比べる。いやいや、アプリ上ではバスはもう20分前には来ているはずなのだが。
ダイヤ改正の影響だろうか、バス停の時刻表の方が信憑性は高いだろう。
こんな山の中で、かつ寒くて既にうっすら暗くなってきている場所で、3時間待つのはさすがにきつい。
だが、タクシーアプリで調べてみても、配車対象外の地域のようだ。
他に打てる手段が思いつかず、バス停近くの椅子に座って途方にくれる私。
椅子もまさか3時間も待つ客がいるなんて想定されていないだろう、心もとない簡素な椅子である。
俯きながら最悪3時間待つことを覚悟しかけた私の脳裏に、先ほど見かけた熊出没注意のポスターがよぎる。
こわい…、無理だ。
でも、どうしよう。
キキッ———
椅子に座ってうなだれていた私の数メートル先に、突然一台の乗用車が停まった。
こんな時間に観光に来た人だろうか。
不思議そうに顔を向けると、まったく思いがけない人が、しかも少し怒気を放ちながら運転席から出てくるのが見えた。
「ナマエ、だよね? ちょっと、なんでこんな時間にこんなところにいるわけ?」
「う、宇佐美さんこそ、なんでこんなところに!?」
宇佐美さんもそこそこ驚いている様子だが、私の方がびっくらこいている。
というか、宇佐美さんに怒られる筋合いはない。私は純粋に観光に来ただけなのだから。
「親戚の家がこの山超えた先にあるんだよ。」
「私は観光に来てて…。」
「はぁ? この時間バスないでしょ?」
「でも、乗換アプリにはっ、」
「アプリはだめ。地方のバスのダイヤ改正なんてほとんど反映されてないんだから。」
そう言ってあたりを見回したあと、彼はうながれて脱力しきった私の手を引っ張り、軽々と立ち上がらせる。
「うわ! 手、冷たっ!」
「30分ほど座っていたので…。」
えへへ、と旅先での失敗をなんとか誤魔化そうと笑いながら言うと、はぁ、とため息をついた宇佐美さんは、私の手を引き自分の車まで連れていくと、「ほら」と助手席のドアを開ける。
はて?という表情の私に、彼は畳みかけるように質問を飛ばす。
「ホテルはどこ? 旭川駅前のあたり?」
「そ、そうですけど…。」
「送ってく。」
「え、でも宇佐美さんご実家へ帰られるんですよね?」
「こんなところほっぽって行けるわけないじゃん。ほら、早く乗ってよ。車内が冷える。」
なぜか私が悪いようになっていて(いや、私が悪いのか?)、有無を言わさず助手席に座らされる。
反対側に回り込み運転席に乗り込んだ彼は、車内のエアコンの温度を上げて、「寒くない?」と優しく聞いた。
「大丈夫です。」と答えると、ようやく満足したような表情になった彼は、ギアを入れ替えてサイドブレーキを下ろし車を発車させる。
あたたかい車内のエアコンにあてられて、私は絶望を感じていたところから一転、徐々に身も心もほぐれてあったかくなっていく。
前世の彼も悪態をつきつつも、なんだかんだいつだって面倒見が良かった。
性格は転生してもこんなに変わらないものなのだろうか。
私はもはや彼が明治時代に許嫁であった宇佐美さんであることに疑う余地なんてなかった。
「今日はすみません、ありがとうございました。」
「驚いたよ。こんなとこでまた会うなんて。」
「私もです。」
「明日以降ももしかしてバスで回る予定なの?」
「そうですけど?」
当然のように返すと、彼は少し考える表情を見せたあと、何が気に食わないのか彼ははぁ…とため息をついて、さらに私を驚かせるようなことを言う。
「明日も朝ホテルまで迎えに来るよ。」
「え?」
「だー、かー、ら! 明日も朝、ホテルまで迎えに行くって。バスで回るのは不便だし、今日みたいにバスの時間がアプリから変わってたらまたこんなことになるでしょ。」
正論を突きつける彼に、私はうまく反論できない。
ありがたいし、彼とこの時代でもかかわることができるのであれば、これ以上嬉しいことはないが…。
なぜ、彼はここまで私のためにしてくれるのだろうか。
仮にも空港と飛行機でたまたま会っただけの人間に。
「それに…、君といるとなんか変なんだよね。会ったことないはずなのに、前にどこかで会ったような気がして、ずっと昔の記憶を手探りで探そうとする自分がいる。」
真剣な表情で運転する彼は、こちらも見ずにそっと言う。
私はそんな彼の端正で綺麗な横顔を見つめながら、彼も前世の記憶を見つけ出そうと葛藤しているのだろうか、と考えずにはいられなかった。
「…不思議ですね、私もそうなんです。」
そう私も小さく呟くと、彼は驚いた表情を一瞬こちらに向けるが、すぐに前を向いて運転に戻る。
「そう、なんだ、」
そう思案気な表情をしながら同じく小さく呟いた彼。
見える車内からの景色は夜の漆黒と心もとない街灯の明かりだけだった———。