「えっと…、なんで僕の名前知ってるんです?」
その、宇佐美さん、らしき人が、今私の目の前にいる——。
「いえ、あの…、」
あの時の宇佐美さんですよね? なんて聞けるわけがない。
前世で許嫁だった、と言っても信じる人は、まぁいないだろう。
「とりあえず、席は僕の隣の窓側でいいのかな?」
彼は困ったように笑いながら、通路の方をちらっと一瞥する。
気づくと私の後ろには飛行機に乗り込むための長蛇の列ができていて、不満げな顔を向けられていた。
「ご、ごめんなさい!」
私は急いで彼の隣の窓側の席に座る。
「で、なんで僕の名前を知ってるの?」
「あ、あの、チケットに書いてあるのが見えたので…。」
苦しい言い訳をかます私を、宇佐美さんは訝しげに見つめる。
私に続いて、よっ、と通路側の座席に座った彼は、手元のチケットをなにやら物思いに耽った表情で見つめながら、私に突然話しかけてきた。
「ねぇ、君、名前は?」
「ナマエと言います。」
「ナマエ…、前にどこかで会ったことある?」
ずきん、と胸が痛む。
どうやら彼は私のことや前世のことなど覚えていないようだが、何か引っかかるものがあるのだろうか。
私は前世で許嫁だったナマエですよ、と言いたい気持ちをぐっとこらえる。
だめ、ここで前世がなんとか言ったら、完全にそちら側の界隈の人だと思われちゃう。
こちらが言葉に詰まっていると、彼はそんな私を気遣っているのか無視しているのかわからないが、話を進める。
「なんか以前にも会ったことがあるような気がして。」
「そう、ですか。」
煮え切らない私の返答など、最初からたいして期待していなかった、とでも言うように、彼は矢継ぎ早に尋ねる。
「ナマエさんは今何歳?」
「出身は? 土曜の今日、ここから乗ったってことは、この辺が地元?」
「1人で旅するの?」
機体が離陸に向けてゆっくり動き出す。
窓の向こうで流れる景色を見つめながら、(たしか前世の彼も会話の主導権は握らせてくれなかったなぁ…。)と、詰問みたいに質問攻めにする彼の言葉を聞き、過去を思い出してはなつかしい気持ちになる。
聞けば彼は私よりも3歳年上のようで、徐々に敬語を崩して話し出す。
「はい、旭川と札幌へ2泊3日で。友達とは都合が合わなかったので、1人旅で来たんです。」
「へぇ。女の子1人でなんてすごいね。僕は親戚が旭川に住んでるから、新年の挨拶にでも来いって言われちゃって。ほら、年末年始は飛行機のチケット高いじゃん? それで帰省を渋ってたんだよね。」
「普通の日の2~3倍は高いですからね。」
飛行機は離陸したあと、安定飛行に移行した。
話せば話すうちに、彼の言動や声、香りで、私は彼が明治時代の愛おしいあの人だという確信を強めていく。
彼は相変わらず過去の記憶を思い出すような素振りはないけれど、挙動不審な私との雑談を楽しんでくれているようで、飛行中もぽつぽつと話しかけられる。
雑談とも言えないような、ささやかで取り留めもない会話をするうちに、あっという間に飛行機は新千歳空港に着陸した。
シートベルトサインのランプが消えて、シートベルトを外しながら私は宇佐美さんに話しかける。
「あ、あのっ!」
連絡先を聞かないと、もう会えなくなっちゃう—。
だが、普段自分から異性に連絡先を聞いたことなどない私は、つっかえて上手く言葉に出せない。
彼は「?」という表情だ。
「あ、あの! ——良い旅を。」
「ありがと。ナマエこそ良い旅を。」
通路側の彼はそう言って混雑する機内から空港へと消えていった——。
私はとんでもない意気地なしだ。